私は小学生の頃から勉強机に向かっているときには必ずラジオをかける「ながら族」だった。だって勉強なんて面白くもなんともないから、ラジオで好きな曲でも聴かなきゃやってられないと思っていた。
生まれ育ちは札幌なので、北海道ローカルSTVラジオの深夜番組「アタックヤング」(深夜0時~)をよく聴いていた。あの松山千春もパーソナリティを務めていた伝説の番組である。ブログというのは誤った情報を書いてはならないから裏を取りながら筆を進めるのだが、Wikipediaによると彼はローカルの「アタックヤング」と全国ネットのニッポン放送「オールナイト・ニッポン」(一部深夜1時~、二部深夜3時~)に、曜日を替えて同時期に出演していたことがあった。書いていてなんとなく当時の記憶が戻ってきた。
その「アタックヤング」で、当時STV札幌テレビ放送の局アナであった喜瀬浩氏が担当している曜日があった。彼の番組で今でも覚えているのが、長南百合子とシルクロードというグループの『墜ちる女』という曲に対して「私は受験生です。”堕ちる(落ちる)”なんて縁起でもないからその曲はかけないで!!」という悲痛な訴えの葉書が多く寄せられたことだった。神経過敏になっているだろうから仕方がない気もするが、まあ中高生らしい騒動だった。
この長南百合子とシルクロードのヴォーカル担当の長南百合子さん、実は私の親戚である。
私の実母のいとこに当たる。言い換えれば、私の母方祖父の妹の娘さんだ。母親の旧姓である長南(ちょうなん)を「おさなみ」と読みを変えて芸名にしたそうだ。本名の姓は「ナカジマ」だったが、我が家ではリスペクトをこめて「拓銀のおじさんの家」と呼んでいた。拓銀は当時、北海道では一大ステータスだったのだ。
私の両親は拓銀のおじさんの家にたまに遊びに行っていたようなので、娘さんが歌手になった話は聞いていた。東京に行って、レコードを出す歌手になったってすごいなあ、しかも『堕ちる女』そこそこ売れていたしなあと思っていた。当時の私は、将来歌手になろうなんて夢は微塵も持っていなかったし(小6で夢が打ち砕かれたのだがそれについては後日)、リスナーとしては主に洋楽志向だったので、その後の彼女の動向については正直それほど意識を向けてはいなかった。
残念ながら「長南百合子とシルクロード」の項目はWikipediaには無いのだが、ネットでいろいろ調べたところ、彼女は早世されたようだった。もし存命していたとすれば今頃70代か。私の母も20年以上前に他界してしまい、私自身北海道を離れて長いので、親戚情報が入ってこなかったのである。
でも今はYouTubeという便利なものがある。長南百合子とシルクロードで検索すると、『堕ちる女』だけでなく、アルバムの中の曲も多数アップされていた。長南百合子の声は、一言でいえば”艶のあるハスキーヴォイス”。うらやましい限りだ。もう少し売り出し方を工夫していたら、大橋純子や高橋真梨子クラスになっていたのではないかと惜しまれる。
アルバムのクレジットには、参加ミュージシャンとして私が知っている方々だけでも
数原晋(tp)、村上秀一(ds)、深町純(key)、土岐英史(sax)、松岡直也(pf)、高橋ゲタオ(b)<敬称略>
などの名前が並んでいて、錚々たる布陣がバックを務めていたのに驚く。
YouTubeに上がっていたこのアルバムの中では、この曲が個人的にお勧め。
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